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国宝〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様衣裳〉紅型制作手順の考察

永津禎三

前回、第13回定例研究会報告のページに次のようなQuizを出題しました。

このようなQuizでした。

次回 第14回定例研究会に向けての

Quiz

次回はいよいよ、「浦添型」による染色のお話です。

事前にこのQuizを考えてみてください。

この「紅型」は2012年に沖縄県立博物館・美術館で開催された『沖縄復帰40周年記念 紅型 琉球王朝のいろとかたち』で特別展示された「琉球国王尚家に伝わる紅型衣裳」の一点、〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様衣裳〉です。

この「紅型」はどういう手順で染められたでしょう?

尚家紅型表s.jpg

ヒント:この衣裳の裏地の「紅型」の型紙に近いものがこのように残っています。

紅型型紙s.jpg

 このようなQuizを出題したのは、第13回定例研究会で仲本のなさんが、「浦添型」の説明をされた時、復元した染めの手順で、墨色を最初に染めると仰ったからです。

 出題の国宝〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様衣裳〉の梅の雄蕊や楓の葉脈、鳥の目や羽根などの線の方は、工程の最後に墨色の線が毛描きされ(筆で直に描かれ)たものと考えられます。

 次の第14回で「浦添型」の説明が本格的に行われるにあたり、先にこのような複雑な「紅型」の手順を推測してみるというのは、次回のお話の理解を進める上で効果的ではないかと考えました。

 また、このようないわゆる「朧型」(重型とも呼ばれる)小柄の文様の紅型は、手紡ぎ手織りの綿布の質感と相まって素晴らしく美しいものであり、第13回定例研究会発表での、沖縄での綿布作りの意味と深い関係があると考えたからです。

 私自身は、過去に版画作品を制作していましたので、版表現としての紅型に興味があり、その制作手順を推測するのはとても楽しい行為です。ただし、紅型には紅型特有の手順があるようですので、この機会に、これまで自分が推測してきた制作手順で実際に出来るのかを紅型の実作者である仲本のなさんに伺ってみたいという気持ちもありました。

 Quizでは、ヒントとしてこの衣裳の裏側の紅型〈花色地斜格子に小花楓模様〉の型紙に近いものを出しましたので、まずはこちらの紅型の制作手順を推測してみたいと思います。(以降、私は紅型の実作者ではないので、紅型に用いられる色材については識りませんので、写真でみた色味の色名で示させていただきます)

尚家紅型花色地斜格子.jpg

〈花色地斜格子に小花楓模様〉

紅型型紙s.jpg

これに近い型紙

 紅型〈花色地斜格子に小花楓模様〉の制作に用いられる型紙は、これ一枚で足ります。

 手順は次のように推測できます。

 ① この型紙で防染糊を置く

​ ② 小花の部分に赤色、黄色、空色、濃い緑色を刷り込み、楓のいくつかの部分に空色、赤色、黄緑色、黒色を刷り込む

 ③ 上記の刷り込んだところを糊伏せする

 ④ 茶色で地染めする。斜格子と刷り込みされていない楓の部分がこの色に染まる

 ⑤ 色材が乾燥定着後、水元(水につけ糊を落とす)

 ⑥ 乾燥後、小花、刷り込みした楓と白地のままの楓の部分に糊伏せする(③の糊伏せよりやや内側)

 ⑦ 花色(ピンク)で地染めする

 ⑧ 色材が乾燥定着後、水元(水につけ糊を落とす)

 たった一枚の型紙でこれだけ魅力的な紅型を作り上げることが出来ていることに驚きを覚えます。糊伏せを2回行うことに気付けば、手順を推測するのはそれほど難しくはありません。

​ さて、いよいよ、紅型〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様〉の制作手順を推測してみましょう。こちらは型紙が分かりませんからそこから推測しなければなりません。

 霰の模様の白抜きが菱繋ぎの地模様にもかかっていますので、菱繋ぎの地模様のために防染糊を置く型紙と松梅楓鳥霰模様のために防染糊を置く型紙の二枚の型紙が必要であろうことがまず推測できます。

尚家紅型表s.jpg

〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様〉

 問題は松梅楓鳥霰模様のために防染糊を置く型紙の方です。梅や楓の部分はどのような型であればこのように出来上がるのでしょうか。

​ 最初に考えたのは、型紙案1のような輪郭だけの梅や楓の型紙です。

 梅や楓の輪郭線の防染糊の内側に赤色や緑色で花弁や葉の隈を刷り込み、梅の

中心に黄色を刷り込んでおき、糊伏せすればこのような紅型になるのではないかと

​考えました。

梅と楓の型案1.jpg

型紙案1

 しかし、紅型をよく見ると、梅や楓の隈は外側からくっきりと施されています。型紙案1では梅や楓の周りにまで色が滲みそうで、この型紙では無理であろうと思いました。

​ その時、渡名喜明「紅型の型置きから仕上げまで −城間栄喜ノートをもとにして(その2)」沖縄県立博物館紀要第5号1979 の45ページに次のような記述があるのを見つけました。 

 染地型の作品で, 桜や貝などがただ彫り落とされた形になっているものを「チリウトゥーサー(切り落とされたもの)と呼ぶ。これを白抜きのままにしておくと, その模様だけ白く浮きたって見えるために行われるのが「シヌブズイ」(忍ぶずり)である。生地を地染めし, 糊を洗い落としてからその模様に刷毛で隈をとったり, 「キガチ」で花芯を入れたりすることをいう。

 つまり、防染糊を置く型紙としては、型紙案2のようなものを用い、防染糊を洗い落とした後に最後の工程で「忍ぶずり」と「毛描き」を施すということです。

 「忍ぶずり」は型紙で直に色を刷り込むことと考えられます。この場合、防染糊を置く型紙(型紙案2)で刷り込むことも可能かと考えられますが、紅型をよく確認すると、梅や楓の輪郭の白地の現れ方から、ひと回り小さな図柄の刷り込み専用の型紙があった方が妥当であると考えられます。

​ 鳥の部分の輪郭線とは違った箇所の隈も、この刷り込み専用の型紙があれば問題なく施せます。

梅や楓の紅型.jpg

〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様〉部分

型紙案2

鳥の紅型.jpg

〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様〉部分

​ 紅型〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様〉には、「松梅楓鳥霰模様のために防染糊を置く型紙」(型紙A)、「菱繋ぎの地模様のための防染糊を置く型紙」(型紙B)と「忍ぶずりのための刷り込み用の型紙」(型紙Cの三枚の型紙が必要と推測できます。

 それでは、紅型〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様〉の制作手順を推測します。

 ① 型紙Aで防染糊を置く

​ ② 松葉の部分に黄色、空色、緑色を刷り込む

 ③ 上記の刷り込んだところを糊伏せする

 ④ 水色で地染めする

 ⑤ 型紙Bで防染糊を置く

 ⑥ 臙脂色で地染めする

 ⑦ 色材が乾燥定着後、水元(水につけ糊を落とす)

 ⑧ 乾燥後、型紙Cを用いて、忍ぶずりを施す(梅、楓、鳥、霞の緑色や赤色の隈、梅の中心の黄色)

 ⑨ 毛描きを施す(梅の雄蕊、楓の葉脈、鳥の目や羽根)

 ここまで推測した後、第9回、第10回の定例研究会で発表された喜屋武千恵さんが、『琉球王国文化遺産集積・再興事業報告書』は主要な図書館に配られているとお話されていたのを思い出し、琉球大学附属図書館に問い合わせたところ収蔵されていたので、これを閲覧しました。

​ この事業では、〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様衣裳〉と同じ「琉球国王尚家に伝わる紅型衣裳」の一点、〈空色地貝藻紅葉松葉木目文様紅型木綿袷衣裳〉を玉那覇紅型工房(玉那覇有勝、堀下優子)が復元していました。

尚家空色地貝藻.jpg

〈空色地貝藻紅葉松葉木目文様紅型木綿袷衣裳〉

裏〈紫地鶴松桜霞観世水文様紅型木綿〉

 この衣裳の裏の紅型〈紫地鶴松桜霞観世水文様紅型木綿〉は、紅型〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様〉と制作手順が同じであると考えられます。報告書に、玉那覇紅型工房が試みた復元の工程が掲載されていましたので、紅型〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様〉の制作手順を考える上で非常に参考になりイメージしやすいため、これを転載させていただきます。

 まずは型紙です。玉那覇紅型工房は次のような型紙を復元しました。

型紙​A

型紙C1

型紙C3

型紙B

尚家紫地型紙忍ぶずりD.jpg

型紙C2

型紙C4

型紙A鶴松桜霞の防染糊を置くための型紙

型紙B:地模様の観世水文様の防染糊を置くための型紙

型紙C1松桜の忍ぶずりのための型紙

型紙C2:霞の忍ぶずりのための型紙

型紙C3:鶴の首胴の忍ぶずりのための型紙

型紙C4:鶴の羽の忍ぶずりのための型紙

 玉那覇紅型工房では、忍ぶずりの型紙を四枚に分けています。作業効率を良くするためでしょうか。紙が貴重だった王府時代では一枚ではなかったかと推測できます。

 それでは、玉那覇紅型工房での染めの工程写真を転載させていただきます。

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王朝時代の小紋文様紅型衣裳の美しさを再認識

 そもそも、第13回と第14回の定例研究会で仲本のなさんと島袋領子さんに発表いただき、第13回の報告に付け足して、国宝〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様衣裳〉の制作手順を問うQuizを出したのは、このようないわゆる「朧型」(重型とも呼ばれる)小柄の文様の紅型は、手紡ぎ手織りの綿布の質感と相まって素晴らしく美しいものであり、第13回定例研究会発表でお二人が報告された仕事 「沖縄で和綿を育て、綿を取り、これを手紡ぎして糸を作り、この手紡ぎ糸を手織りした。この綿布作りの仕事」の「意味」と深い関係があると考えたからです。

 2022年に開催された「沖縄復帰50年記念 特別展 琉球」を、東京国立博物館で開催されていた6月12日に鑑賞しました。

 そこに展示されていた〈桃色地小紋文様紅型木綿衣裳〉に深い感動を覚えました。

 「琉球国王尚家に伝わる紅型衣裳」の〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様衣裳〉や〈空色地貝藻紅葉松葉木目文様紅型木綿袷衣裳〉と同様、「朧型」(重型)の細模様型で、忍ぶずりや毛描きが施された紅型で、松や鳥、梅などの具体的な文様が無いために、却って細模様と手紡ぎ手織り綿布との相乗効果を強く感じました。上質な美術作品に感じられる特有の豊かな空間性をこの衣装から味わい、長い時間衣裳の前で立ち尽くしました。

〈桃色地小紋文様紅型木綿衣裳〉

 今回の定例研究会をきっかけに、カタログを取り寄せてこの衣装のことを調べてみたら、この衣裳は沖縄県立博物館・美術館所蔵であることが分かりました。是非とも、この衣裳の「見学会」を「琉球美、造形研究会」で開催したいと思いました。

​ さらに、『琉球王国文化遺産集積・再興事業報告書』を閲覧したことで、玉那覇紅型工房が復元した〈空色地貝藻紅葉松葉木目文様紅型木綿袷衣裳〉の綿布は上間ゆかりさんが織られていたことも分かりました。

 国宝〈水色地菱繋ぎに松梅楓鳥模様衣裳〉の制作手順についてご意見を伺う中で、仲本のなさんは「忍ぶずりには蒟蒻糊が使われていた可能性がある」と仰っていました。毛描きや忍ぶずりは古いものにしか見られない技法ですので、確かに蒟蒻糊使用の可能性は高いと思われます。現物資料の科学分析をしなければ特定は出来ないのでしょうが、いつか解明したい事項です。

​ 浦添型を深く研究されてきた仲本のなさん、その再現のための綿布を織った島袋領子さん、琉球王国文化遺産集積・再興事業で復元のための綿布を織った上原ゆかりさん、同じく琉球王国文化遺産集積・再興事業で孫億の〈四季翎毛花卉図巻〉の模写復元に携わった喜屋武千恵さんと揃って、この〈桃色地小紋文様紅型木綿衣裳〉を熟覧する「見学会」を実現させたいと思っています。

​ 多様な専門性を有した人々が「見学会」を共有することで、さまざまな視点からこの衣裳を検討することができ、知見の深まり広がりが大いに期待できると考えます。

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